「白なんですね」
ダ・ヴィンチとシオンが興奮気味に礼装の効果と開発の経緯をまくし立てるのをしっかり聞き終えた立香が、ぽつりと呟いた。
「おや、お好みでない? カルデアのマスター制服をベースに攻撃性能を強化、名作・カルデア戦闘服の機能を踏襲、極地用礼装の意匠も取り入れた自信作なのですが」
首をかしげるシオンに対し、そうじゃなくて、と慌てて立香が言う。
「単に、極地用は黒だったから、新しいのもなんとなく黒かなーと思ってただけ。ほら、汚れも目立たないし」
「それは違います」
突如、背後から声をかけられて立香の肩が跳ねる。ナイチンゲールは気にする様子はなく、白衣の色は重要ですと淡々と言葉を重ねた。
「医療現場はいつでも衛生的でなければなりません。汚染、怪我、血液を見落とせば重大な疾患に発展します」
「お医者さんの話でしょ?」
「戦場も同様です。むしろ、より衛生が重視されます。あなたはいつも無茶をするのですから、ことさら白衣を推奨します」
「返す言葉がない……」
苦笑する立香をじっと見つめて、しかしナイチンゲールはそれ以上は何も言わずに立ち去ってしまった。
「色違いならすぐに作れるよ?」
ダ・ヴィンチが気遣うように水を向ける。二人に向き直った立香は、はっきりと首を横に振った。
「確かに、白がいい。二人ともありがとう」
「ごめん、ちょっと休憩……!」
崩れ落ちるように椅子に座った立香の額から、一気に汗が吹き出る。呼吸が荒い。当たり前だ、もうぶっ続けでORTと戦い続けている。サーヴァントが結晶化して取り込まれていくのをわかっていながら送り出して、見つめて、また送り出す。何度も、何度も、何度も。精神的な負担は計り知れないどころではない。そんな彼女の姿を見つめて、カドックは奥歯を噛みしめる。無数の英霊と縁を繋ぎ続けてきた藤丸立香だからこそ、できる戦い方。彼女にしかできない背水の陣。
とにかく第三冥界に先回りして迎え撃つしかない。引き続き空想樹を観察していたテペウは、ぶつぶつと何かを呟いてから黙り込んでしまった。スピード全開で走っていくシャドウ・ボーダーの窓から見える景色は、それだけであれば幻想的でうつくしい。
ぼんやりと窓の外を見ていた立香は、右手でこめかみの汗をぬぐい、そのまま胸の前で握った。たちまち、召喚時の光が辺りを照らす。
「おいバカ、何してる!」
「大丈夫、たいして変わらない。それよりいてほしいから」
カドックを見上げてへらりと笑う立香の顔色は悪いが、表情はいつもと同じように見えた。姿を現したマルタがすかさず呼吸でたわむ背に手をあてる。ナイチンゲールはさっと隣にしゃがみ、両手を頬に添えてその顔を覗きこんだ。
「外傷はありませんが顔色が悪すぎます。疲労の色が濃い。また無茶をしていますね」
「その通りです……」
「いつもこんなのばっかりね、私たち」
マルタがあえて明るい声で言った。ホントに!と少し離れたところからダ・ヴィンチも声をあげる。
ナイチンゲールは今度は立香の手を握り、冷たい、と呟いて眉をひそめた。
「こんな業を重ねてきた自分には今更白なんて似合わないとでも考えていたのでしょう」
「……っ」
「ですが、あなたに話した通り、だからこそあなたは白衣を着るべきなのです。これは何物にもおかされないあなたの決意の象徴でもある」
話の文脈がわからないゴルドルフとカドックも、息をつめてその言葉を聞いていた。彼女が背負う業。彼女はどんなときでも変わらずに笑うが、そのように振る舞えるだけの強さがあり、そうするくらい、彼女の覚悟はもう振り切れている。
確かに、銀河の入り乱れるこの異聞帯のなかで、彼女の白い服は非常に目立つ。まっすぐ立つ姿はまるで発光しているかのようだ。ただの、一人の人間であるのに。
「……どこがORTの底なのかわからない。わからないなかで、どんどんみんなを送り出して、もう帰ってこられないかもしれないのに、みんなここは任せてって笑って。私は……」
消え入りそうな声。立香は両手で顔をおおい俯いていたが、しかしすぐにその手をぎゅっと握りしめ、顔を上げた。
「それでも私は、最後までちゃんとあがきたい。まだ死にたくない。どこまで続くかわからないなかで、まだ二人をうしなうわけにはいかない。自分でもずるいってわかってる、だから、ごめん」
強い意思のこめられた瞳で立香が見上げると、マルタは微笑み頷く。立香は正面へと向き直り、ナイチンゲールは再びその手を取った。
「震えていますね」
「言わないでよ、かっこつかないから」
「あなたには治療が必要です」
士気を下げるようなことを言うなとカドックが口を開きかけるが、それをマルタが視線で制す。ナイチンゲールはまっすぐ立香を見つめている。立香も視線を逸らさない。
「あなたはもう満身創痍です。気力も体力も限界がほど近い。それでも、ここがあなたの命の懸けどころなのでしょう」
「うん、そうだね」
「ならば必ず成し遂げて帰ってきなさい。あなたには治療が必要なのだから」
立香が頷く。ナイチンゲールはようやく表情を和らげ、震えも止まりましたね、と微笑んだ。
「もうすぐ第三冥界だ! 藤丸、多少なりとも休憩はできたかね!?」
「はい! バッチリです!」
ゴルドルフに返して、立香は運転席へと駆け寄る。その様子はもういつもの彼女だった。信じられないものを見る目のカドックだったが、隣から笑い声が聞こえて振り返る。マルタは口に手をあて、ごめんなさい、と小さく謝った。
「……前々からわかっちゃいたが、あいつのあの肝の据わり方はなんなんだ。最初からああだったのか?」
「まあ、最初はもっと初々しかったけれど、あれは天性のものね」
前方に、宙に浮くオアシスが見え始めた。それを見上げる立香の横顔に、先程のような迷いの色はもうひとつもない。
「……彼女のような人を、きっと聖女というのでしょうね」
隣に立つ女がまさにそれとは知らないテペウが、ぽつりと呟いた。聞こえたわけではないだろうが、立香が振り返り、ニッと笑う。
「テペウ、ここまで本当にありがとう。空想樹のことで何か気づいたんだよね? あとで教えてね」
正面に視線を戻した彼女の背中は、凛とまっすぐ立っている。燃えるような髪と曇りなき白い戦闘服が、銀河を背景に浮かび上がる。
「訂正。聖女ではなく、戦い続ける者のうつくしさですね」
「……やってられないな、まったく」
「ええ。私たちの自慢のマスターですもの」
マルタがにっこりと笑った。間もなく第三冥界に入る。
決戦の第二幕が上がろうとしている。
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