志摩燐ログ - 6/6

クレイモアを読もう ※百合

「志摩ってロクサーヌと同じ髪形だな」
 前の扉から雪男が入ってきたのとほぼ同時に、燐がそう言った。まさに今思い付いたというように。
「誰?」
「そういうのがいんの」
 おもしろいから志摩も読めよと燐が笑う。
「ふぅん」
 少し長くなったツインテールの髪先をくるくると左手の人差し指でいじる。話の種に読んでみるのもいいかもしれない。
 そう思ったのは、気まぐれだった。

 もともと男兄弟、もといほとんど男ばっかりの中で育った志摩だ。実は、主要な少年漫画はほとんど読んでいる。
 上京して高校に入学してからは、自分で買うのが面倒だからとほとんど読まない生活を送っていたけれど、別に漫画を読まない人種ではないのだ。
 せっかくだから燐に貸してもらおうと思ったのだが、どうやら彼女は連載で読んでいるらしくコミックスは持っていないのだと申し訳なさそうに言われてしまった。
 その時点で、正直誰かに借りるのはめんどくさいなァと一気に読もうという気持ちを削がれたのだけれど、きらきらと嬉しそうに燐に見つめられてしまえば、やっぱりいいやなどと言えるはずもなく。
 奇跡的にコミックスを持っていたクラスメイトから一昨日から少しずつ借りてきて、今ちょうど問題の人物が出てきたところだった。
 愛憎のロクサーヌ。
 ウェーブのかかったツインテールを見て、燐ちゃんも安易やなと志摩は苦笑した。
 愛憎なんてどんな二つ名よ、と最初は鼻で笑ったのだけれど、読み進めていくとロクサーヌとはなるほど愛憎という言葉がぴったりな女であった。
 彼女は、彼女が憧れた、自分よりも強い戦士の技をどんどん我が物にしていく。そして彼女に剣技を奪われた戦士は、なぜか彼女に追い抜かれた頃に命を落とすのだ。
 甘い顔をしているわりに不気味だった。けれど確かに、どこか魅力的なキャラクターである。
 これかあ、と思いながらページをめくっていく。あのとき、教室に入ってきた雪男が、燐の言葉を聞いてものすごく微妙な顔をしたわけがわかった。これはたしかに、似ていると言われたらなんともいえない気分になるキャラクターである。一応敵役なのだし。
 ベッドにうつ伏せになってそんなことを思いながら読んでいた志摩の手が、ぴたりと止まった。
(なんや、燐ちゃんに似てるのもいるんじゃん)
 自分がロクサーヌに似てると言われてしまったからなのだろうけど、ならば塵喰いのカサンドラは燐に似ていると思った。ぴんと尖った耳のせいかもしれない。自分の戦いかたを嫌って、誰にも戦う姿を見せなかったせいかもしれない。強さのあまり神格化されていたからかもしれない。そのせいで、ロクサーヌの言葉一つで頬を染め、彼女に簡単に籠絡されたからかもしれない。
 そこから先は、息を詰めながら読んだ。頭をおもいっきり殴られたような衝撃。
 最後のページまで行ってからぱたんと本を閉じ、ごろりと仰向けになる。
 カサンドラに憧れて、渇きにも似た欲情にまで襲われて、それなのに彼女の嫌がりそうな「塵喰い」という名前を与えて去ったロクサーヌ。
 ロクサーヌに殺されたも同然の友の仇を討つために彼女に斬りかかって、それなのに一太刀も浴びせることができずに、多くの戦士にバラバラに切り刻まれて死んだカサンドラ。
 どうしてロクサーヌは、大剣の刃ではなく柄で、美しい戦い方をする彼女に似つかわしくないやり方で、カサンドラに止めを刺したのだろう。
 なんとなく、わかる気がした。
 こんなもので動揺するなんて、そう思うのに、頭のなかではいろんなものがぐるぐると渦巻いている。燐ちゃん。
「なーあ、夜魔徳くん」
 一人しかいない部屋で、少し揺れた、情けないような声が出る。
“なんだ”
 もし、その時が来たら。自分も、大笑いしながら彼女を手に掛けるのだろうか。
「んー、やっぱ、なんでもない」
 そうなったら、嫌だなと思った。

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