志摩燐ログ - 3/6

熱中症

 人間って、存外脆いくせに、思ったよりもしぶとい生き物だ。
「あー……」
 ぼうっと天井を見上げながらわずかに声を出してみる。微かに掠れてはいるが、しっかりとした声が出た。
「起きた?」
「うん」
 ガチャ、と無造作にドアを開いて部屋に入ってきた燐は、手にしたペットボトルを志摩に差し出しつつぺったりと床に座った。志摩はそれを無言で受け取り、キャップを捻る。
「おまえほんとさ、水ちゃんと飲めって前にも言わなかったっけ」
「あー、言われました」
「いい加減にしろよ、まじで」
 目を合わせず淡々と話す燐に、これは割と怒ってるんやろなと志摩は内心ため息をつく。心配してくれるのは嬉しいけど、そんなに怒らんでほしいなぁ。ああ、どうしたもんやろか。
「奥村くんごめんな……?」
「悪いと思ってないやつのごめんなんかいらねえよ」
 ぴしゃり。言葉だけでなく、尻尾が床を叩く。物理的に、ぴしゃりと音が鳴る。あーもうこれほんまあかんやつ。どないしろっちゅうねん。
「倒れて心配かけたことはほんま悪いと思ってるって」
「おれは、志摩が何度おれとか勝呂とか子猫丸が言ってもまったくガクシューしないことに怒ってる」
 ふざけんなよ、と顔を上げた燐が志摩を睨む。その熱っぽい視線にクラクラする。たぶんこれを言ったら燐は本気でキレてこの部屋を出ていってしまうだろうから言わないが。
「……ゴメンナサイ」
「……もういーよ」
 どうせ志摩、自分がそうだって思ったことしかやらねえもんな。ぼそぼそと呟く燐の横顔は少し寂しそうだった。
「もういーからとりあえず飲めそれ」
「うん」
 ごく、ごく、と、自分の食道をアクエリアスが滑り落ちていく音が静かな部屋で響く。この音は燐の耳にも届いているのだろうか?
 しかしまあ、燐の言い分も勝手なものである。自分を蔑ろにして倒れる志摩と、自分より他人を優先して傷を負う燐の何が違うというのだろうか。燐だって自分が正しいと思うことをした結果なのだから仕様がないと思って、何度彼の弟が咎めたところでその自己犠牲の生き方をやめる気はないのだから、志摩と同罪だろうに。
 まあ、燐に関しては他人を助けているあたり、やはり志摩よりはましなのだろうか。どうせましとかましじゃないとか、そういう程度の話ではあるのだけれど。どんぐりの背比べ、五十歩百歩。
 倒れる、と思っても、人の身体はまだ動けるんだな。動けてしまうんだな。
 それはきっと、志摩と違う身体の燐も同じなんだろう。
「奥村くん」
「ん?」
「これ、奥村くんが飲ませて」
「ばか言ってんな。じぶんで飲めよ、おれは志摩に怒ってんだ」
「だからごめんて」
「うるせえよ」
「奥村くん、」
「あ?」
「じゃあ、キスでお願いします」
 たしーん、たしーんと規則正しいリズムで揺れた尻尾が止まって、膝立ちになった燐が志摩の胸ぐらを掴んで引き寄せる。唇をぶつけてすぐに離れた燐は、不味い、と呟きながら手の甲で少し濡れた唇を拭った。

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