あなただけ校了・ほか - 5/10

今日はカフェオレの日

 寝起き直後のぼやけた頭のまま、枕元に手を伸ばす。眼鏡か時計かスマートフォン、そのどれかを探り当てようと左右に手を動かすも何にもぶつからず、そのことに苛ついて、重たいまぶたを無理やり押し上げると目の前にあったのは壁だった。
「……?」
 目をこする。壁は身動ぎをして、ううん、と低い声で唸る。訂正。壁ではなく、隣で寝る男。
「……何時……?」
 バデーニの手がせわしげにヘッドチェストを叩く音で意識を浮上させたらしい。オクジーはぐるりと身体を反転させて呻いた。眼鏡はないが、その眉が険しく寄っているのはわかる。バデーニが人差し指で眉間をぐりぐりとほぐしてやると、ようやくオクジーは穏やかな寝顔に戻った。
 片手をついて上半身を起こす。眼鏡もスマートフォンも時計も、いつもと同じような場所にあった。いざ目で直接見ると、なぜ手だけでは探り当てられなかったのかと思う。伸ばした左手だけで眼鏡をかけて、時計を見る。七時四十分。昨夜のことを思えば、起きるにはまだ早い。
「まだ寝てていいぞ」
 声をかけると、オクジーの目がうっすらと開いた。焦点が結ばれているのかいないのか、どこかぼんやりとした視線ではあるが、確かにバデーニと目が合う。そのまま腕を持ち上げたオクジーに再び布団へと引き込まれ、バデーニは重力に逆らわず身体を水平に戻した。
「もう少し……」
 身体の上に乗せられたままの腕の重みが心地よい。目を閉じればまだまだ眠れそうな気がする。隣からはまた穏やかな寝息が聞こえてくる。早いな、と小さく笑った。
 バデーニは寝起きの瞬間の機嫌は大抵悪いが一度覚醒してしまえば早く、機嫌もすぐさまニュートラルに戻る。オクジーは対照的で、いつでもむにゃむにゃと幸せそうな寝顔を浮かべている代わりに、覚醒までがすこぶる長い。そのせいで平日はいつも慌ただしく仕度をする羽目になり、早起きのバデーニが淹れておいたブラックコーヒーを一気に飲み干してオンとオフを無理矢理切り替えている。オクジーのタイムアタックはなかなか見応えがあり、毎朝の一気飲みを見るたびにバデーニは鯨が大量の海水を飲む映像を思い出す。
 体温のあたたかさに、眠気が誘われる。まぶたが重くなり、意識がふわふわと浮き上がるような感覚。平日はしない、休日の二度寝という贅沢。
 間もなく眠りに落ちようかというとき、びくりとオクジーの身体が跳ねた。乗せられたままの腕からバデーニにも振動がダイレクトに伝わって、つられて意識が急浮上する。
「あれ? え?」
 もにゃもにゃとオクジーが何か言っている。まだ寝てていいぞ、ともう一度言って、トントンとオクジーの背中をゆっくりと叩く。そっと目を開けて見上げると、オクジーと再び目が合った。
「俺なんか言った……?」
「なんか言ってたな」
「俺のこと呼ばなかった……?」
「呼んでないよ」
「そっか……」
 ゆっくりと返事してやると、安心したようにまた目を閉じる。その幸せそうな寝顔にいたずら心が芽生えて、バデーニはするりと抱き枕のふくらはぎを足先で撫でた。くすぐったそうに身体をよじる。それから、まだ早いですよ、と今度はオクジーがあやすように言った。
「オクジーくん」
「うん……?」
「起きたらきみのカフェオレ淹れてくれ。いつものやつ」
「土曜日ですもんねぇ」
 平日は早起きのバデーニが淹れておいたブラックコーヒー、休日はオクジーがゆっくりと用意するブランチとカフェオレ。いつの間にかルーティンになったふたりの朝食。もちろん、と返事をするオクジーは再び眠りに片足を突っ込んでいるが、確かな手付きでバデーニの髪を撫でた。そのことに確かな満足感を覚え、バデーニは再び目を閉じた。

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