こんな夢を見た。
高熱を出した自分を、だれかが背負って走っている。自分の両足をぎゅっと抱えて、切れ切れの息をむりやり吐き出しながら走っていた。そのひとはときどき、荒い息の合間にだいじょうぶ、だいじょうぶだからなと言ってくれて、そのたびに自分はひどく安心して、それなのにどうしようもなく涙があふれてくるのだった。
次の瞬間、自分はひとりでどこかに横たわっていた。さっきまで自分を背負っていてくれたそのひとはどこにもいなくて、それがこわくてたまらなくて体を起こそうとするがまったく動くことができない。見える範囲であたりを見回すと、ここはどうやら神社の境内のようで、自分の足がある方向の遠くに朱色の建物が見えた。
「 」
自分はそのひとの名前を呼ぼうとする。けれど声にならない。そして、もうすぐ自分はそのひとのことを忘れてしまう、そのひとへ抱く感情を忘れてしまう、なぜかそのことだけははっきりとわかっている。
ゆっくりと瞬きをして、目を開けると、そのひとが自分の左手を握りしめて額に押しあてていた。その姿はまるで祈っているようで、名前を呼ぼうと口をはくはくと動かしているとそのひとが自分が起きたことに気付く。自分が突然いなくなり、見つけたときにはここで眠っていて呼んでも起きなかったのだという。そうして、自分が起きてよかったと、安心したと言って、いまにも泣き出しそうな顔で笑った。
自分はまたどうしようもないほど悲しくなり、ぼろぼろと涙を流しながらそのひとに何度も何度も謝った。自分がなぜ謝っているのかわからないらしいそのひとが、自分を抱きおこしてゆっくりと背中をさすりながら、なにかあったのかと問う。自分は、自分の病気はもうすぐ治る、けれどそのかわりあなたのことを忘れてしまうのだ、と言った。涙で何度もつっかえて途切れ途切れになりながら話しているあいだ、そのひとはずっと自分の背中をさすってくれていた。
そのひとは、いまはまだ自分がわかるか、と言う。自分は何度も何度もうなずく。そのひとは、よかった、治るんだな、ほんとうに治るんだな、よかった、ほんとうによかったと言って、自分をそっと抱きよせる。自分もそのひとの背に手をまわし、しがみつくように腕に力を込めるのだが、眠りに落ちていくようにだんだんとその感覚が遠くなっていく。だめだ、眠ったらこのひとのことを忘れてしまう、そう思うのだが体はいうことを聞かない。そのくせ意識だけは妙にはっきりしている。
自分の体が眠ると、そのひとは、壊れものを扱うようにそっと自分を再び横たえる。そして自分の頭を、何度も、何度も、これ以上ないほど優しい手つきで撫でているのだった。
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