まほうのくすり - 1/5

青春のリグレット

 ずっと繰り返してきた別れ話と同じ。また、異性にしては少し仲のいいただの友達に戻るだけだ。
 そう思っていた。

 虚無界と物質界の境界線が曖昧になり、そして再画定されて、悪魔というものの存在がありふれたものになってから、もう二年と少しが経つ。
 青焔魔を倒すという一応の目的を果たし、改めて今後の身の振り方を問われたとき、志摩は祓魔業から身を引くことを選んだ。今ではどこにでもいる普通の女子大生として、平穏で平凡な毎日を過ごしている。
 塾生のなかで祓魔師にならなかったのは志摩だけだったので自然と友人たちとは生活のリズムが変わり、いまではろくに連絡も取っていない。定期的に子猫丸とメールで近況報告をしあう程度だ。
 そしていま、そのメールの一文に激しく動揺している。
『奥村くん、来月戻ってくるらしいで』
 かつて、志摩と燐は恋人だった。その期間は三ヶ月程度で、中学時代から付き合っては別れを繰り返してきた志摩にとっては三ヶ月というのはたいして珍しくもない交際期間だった。長くもなく、短くもない。ひどく純情な燐とはたった二回キスしただけで、身体を重ねるなんてもってのほかだった。
 うち、奥村くんになら抱かれてもええよ、と二回目のキスのあとに囁いたときの、彼の慌てた顔をたぶん自分は一生わすれないだろう。
『そ、そういうのはっ、俺がもっとちゃんと志摩のこと大事にできるようになってから……っ!』
 今でも十分すぎるくらい大事にしてくれとるやん、と言うとそうじゃなくて! と彼にしては強い語気で返した。
 その理由はわかっている。彼の焔が原因だろう。気にせんでええのにと思ったけれど、結局のところそれを受け止めきれなかったのは志摩だった。青焔魔をぶん殴ると言う彼の強くてまっすぐな瞳と、見ていて苦しくなるくらいのやさしさをすきになったのに、いざ燐のほうから別れを切り出されると頷くしかなかった。本気で死を覚悟し、そんな結末すらも受け入れた燐から逃げた。やさしい彼は志摩のために逃げ道を用意してくれて、そして志摩はそれに甘えたのだった。志摩が頷くと、燐は安心したように笑った。
(今でもすきとか言う資格なんかあるわけないやん)
 たちが悪いことに、今でも燐のことを忘れられないでいる。なぜあのとき、自分も燐の隣にいるという覚悟をきめられなかったのだろう。十六、七年の自分の人生において、初めて誰か大切な人を失うかもしれないと思ったら怖くなった。そんなものは言い訳で、それなのに、燐はよかったと笑ったのだった。
詭弁だが、別れたところで嫌いになるわけではなかった。今でも志摩が燐のことをすきだということに変わりはなかったが。
 会わないまま、もう二年も経ってしまった。
 来月帰ってきたら、久しぶりに連絡をとってみようか。もう、前みたいに笑って話せるだろうか。燐は少し気まずそうにはにかみながらもぽつぽつとこの二年のことを話してくれはしないだろうか。
 けれどその笑顔の奥底で、自分のことを少しだけ許さないでいてくれたらいいと思う。自分が燐のことを忘れられないでいるように、心のどこかで、燐から逃げた自分のことを許さないでいてくれたらいいと思う。

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